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東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)97号 判決 1977年12月23日

原告

ランク・ゼロツクス・リミテツド

被告

特許庁長官

熊谷善二

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。この判決に対する上告期間につき、附加期間を九〇日とする。

事実

第一当事者の申立

原告訴訟代理人は「特許庁が昭和四八年一二月一三日同庁昭和四五年審判第二八七八号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

一特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四二年一月一七日特許庁に対し、名称を「位相ホログラムの形成方法及びその装置」(後に「位相ホログラムを形成する方法及びその為の装置」と変更)とする発明について、一九六六年(昭和四一年)一月二〇日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願をしたが、昭和四四年一二月一五日拒絶査定を受けたので昭和四五年四月七日これに対する審判を請求し、特許庁同年審判第二八七八号事件として係属したところ、昭和四八年一二月一三日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和四九年一月二六日原告に送達された(なお、出訴期間として三か月を附加された)。

二本願発明の要旨

(一)  可変熱プラスチツク材料を一様に帯電させ、次いで、干渉性(コヒーレント)主要物体ビーム及び交差する偏軸干渉性基準ビームから明暗干渉図形を形成することによつて、上記材料上に電荷図形を形成し、その電荷図形に従つて峰及び谷の図形に変形するまで上記材料を軟化させることによつて位相ホログラムを形成する方法。

(二)  物体を照射するように整置されたコヒーレント電磁放射線源と、その放射線源から上記物体をこえて発射されるビームの光路中に置かれた電荷可変性熱プラスチツク影像部材と、上記主ビームの光路中の上記影像部材が置かれている点において上記第一のコヒーレント放射線ビームと交差するように整置された第二の偏軸コヒーレント基準電磁放射線ビームを発生するための装置とを有しており、上記影像部材はさらに上記二つのコヒーレントビームによつて発生された干渉図形が上記影像部材上に静電荷図形の形で記録されるようにする光導電性絶縁体と、上記電荷図形に相当する変形図形がその上に形成されるように上記熱プラスチツクを軟化させるための装置とをさらに含んでおり、上記第一のコヒーレント放射線ビームと上記基準コヒーレント放射線ビームとの間の交差角は隣接干渉じま間の間隙が上記可変熱プラスチツクの準共振周波数のピークの波長のプラスマイナス一五%の範囲内にあるように調整されていることを特徴とするホログラフ影像装置。(別紙図面参照)

三本件審決理由の要点

本願発明の要旨は前項のとおりである。

本願発明の出願前に米国で頒布されたR. M. Schaffert著「Electrophoto-graphy」(The Focal Press一九六五年発行)第三四頁ないし第三七頁(以下「引用例」という。)には、可変プラスチツク材料を一様に帯電させ、その材料を像露光して電荷図形を形成し、その電荷図形に従つて峰及び谷の図形に変化するまで熱プラスチツク材料を軟化させる電荷写真の方法(電子写真法)が記載されている。引用例のものも本願発明(一)も、ともに熱プラスチツクによる電子写真法であるが、本願発明(一)は、可干渉性の物体ビームと基準ビームを材料面上で干渉させ位相ホログラムを得るものである点で、引用例のものと相違する。

しかし、この相違点は、一般のレーザー光によるホログラムの作成方法と異ならないので、結局、本願発明(一)は、周知の熱プラスチツク用感材として用いたところにあるが、請求人(本件原告)が昭和四八年八月一四日付意見書で主張する六項目の効果は、熱プラスチツク材料の感光材料としての一般的特徴または効果であつて、それがホログラム用に適しているとしても、ホログラム用感材独特の効果ではない。

したがつて、ホログラム用感材として銀塩感材の代りに周知の熱プラスチツク材料を用いることは、周知技術の一つをその目的に応じて選択したにすぎず、結局、本願は、当該技術部門の者が引用例のものから必要に応じて容易に発明することができるものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許することができない。

四審決の取消事由

引用例の記載内容並びに本願発明(一)と引用例のものとの一致点及び相違点がそれぞれ審決認定のとおりであることは争わない。しかし、審決は、後記の点において違法であるから、取消されるべきである。

(一)  <証略>

(二)  判断遺脱について

審決は、理由中において本願発明(一)について判断しているだけであつて、同(二)について何ら判断を示していない。しかし、同(一)は方法の発明であるのに対し、同(二)は装置の発明であるから、前者について拒絶査定を正当とする場合であつても、必ずしも後者も同様であるとは限らない。したがつて、審決は、本願発明(二)についての判断を遣脱した違法がある。

第三答弁

被告指定代理人は、請求の原因について次のとおり述べた。

一請求原因一ないし三の事実は認める。

二同四のうち取消事由の存在は争う。審決の認定ないし判断は正当であつて、審決に原告主張の違法は存しない。その理由は次のとおりである。

(一)  <省略>

(二)  特許法第四九条柱書の規定は「……特許出願が次の各号の一に該当するときは、その特許出願について拒絶」査定する旨を定めているから、明細書の一部であれ、特許請求の範囲中の一項であれ、その特許出願のいずれかの部分に不特許事由の存するときその特許出願が拒絶査定されるのは、同条の文言上明かである。したがつて、本願において、特許請求の範囲第一項の発明が拒絶査定されるべきものである以上、同第二項の発明につき理由中において格別の判断を示さずとも、審決を違法とする理由にはならない。

第四証拠関係<省略>

理由

一請求の原因事実中、本願発明につき、出願から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続の経緯、発明の要旨及び審決理由の要点は、当事者間に争いがない。

二そこで、審決に原告主張の取消事由があるか否かについて考察する。

(一)  本願発明(一)の進歩性について<省略>

(二)  判断遺脱について

<証拠>によれば、本願は、特許法第三八条但書の規定による特許出願であつて、その特許請求の範囲には、特定発明として方法の発明たる本願発明(一)が記載され、次いで、その実施に直接使用する装置の発明たる同(二)が記載されていることが明らかであるが、審決が理由中において右後者の発明について格別の判断を示していないことは、被告の自認するとろであり、原告は、この点において違法があると主張する。

およそ、特許法第四七条によれば、特許庁長官は、特許出願を審査官に審理させなければならないものであるが、同法第三八条但書のいわゆる併合出願の審査において、二以上の発明のうちの一発明について拒絶理由があるときどのように処理すべきかについては、直接これに関する明確な規定は存しない。

しかし、同法第三八条但書の規定は、一発明一出願の原則を緩和して、所定の関連性を有する複数の発明に限つて、一通の願書で特許出願をすることを認めたものであるが、その場合でも、発明の個数に応じた複数の特許出願が客観的に併合されているのではなく、その複数の発明が一体となつた一個の出願と解すべきものであり、したがつて、これに対する特許法上の処分は、特段の規定がない限り、一個のものでなければならない。

ところで、同法第一二三条第一項柱書後段には「特許請求の範囲が二以上の発明に係るものについては、発明ごとに(特許無効審判を)請求することができる。」と規定され、また、同法第一八五条には、「特許請求の範囲が二以上の発明に係るものについての特則」との見出しのもとに、発明ごとに特許がされ、また、特許権があるものとみなされる例外的場合が列挙されているが、これは特許の後の法律上の取扱いを特に定めたものであり、出願手続中の取扱いには関していない。

そうである以上、審査及び拒絶査定に対する審判においても、併合出願された二以上の発明は一体として取扱うのが特許法の趣旨であると解さざるをえないものであり、したがつて、併合出願された二以上の発明のうち一発明について拒絶理由があるときは、同法第四九条の規定によつて、その特許出願たる併合出願全部について拒絶すべき旨の査定をしなければならない。

なお、このように解することは、もし併合出願された他の発明について拒絶理由がない場合には、その発明に関する限り、権利保護の機会が奪われる結果になりうることは否定できないが、そうかといつて、拒絶すべき発明を除いた残余の発明について併合出願が存続するものと解するならば、併合出願された二以上の発明相互間に同法第三八条但書各号の関連性がない場合には、個々の発明については他の拒絶理由がなくても、同条違反として併合出願全部が拒絶される(同法第四九条。但し、併合出願が特許された場合には、同法三八条違反が特許無効の事由にならないことは、同法第一二三条の規定から明らかである。)ことと均衡を失するものがあろう。そして、いずれの場合であつても、出願人にとつては、拒絶理由のない発明について特許出願の分割手続をして、その権利を保全すべき途が残されているのである。

そうすると、審決は、理由中において併合出願された二発明のうち本願発明(一)について拒絶すべき旨の判断をしており、その判断は前項判示のとおり正当とすべきものであるから、審決が、同(二)について格別の判断を示すことなく、本件審判請求を不成立としたのは相当であつて、この点に何ら違法はない。

三よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 橋本攻 永井紀昭)

別紙<省略>

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